そこには 何もない。
何日経ったのか、何年経ったのかはもうとうに分からなくなった。
かろうじて動く頭の中では、悪戯好きの小悪魔がまた、記憶のジュークボックスにコインを落とす。
いや、姿を見た事がないのだから、小悪魔かどうかは分からない。
彼はおぞましい蟲の姿かも知れないし、あるいはクピドのような羽を生やしたあどけない子供の姿かも知れない。
かたんというコインが落ちる音の後に、過去の記憶が再生されるたび、瓦礫の隙間をつたって、ぴとん、ぴとん、と少しずつ垂れ落ちてくるカビ臭い泥水が僕の口許を濡らす。
僕はその、得体の知れない毒が含まれた水を、からからに乾いた唇を開いて受け入れてしまう。
僕に選択権はない。
それはあらかじめ決められた事実であるかのように、すんなりと僕を汚していく。
記憶の再生は小悪魔の気まぐれで不意に起こり、そこに僕の意思を介入させる余地はない。
苦い記憶も、幸せな記憶も、どちらも僕を苦しくさせた。
過去の失敗はやり直せないし、もう一度戻りたい幸せにも二度と戻れないからだ。
僕は小悪魔に話しかけてみる。
「なぁ、もうこんな無意味な事はやめにしないか?」と
返って来るのは決まって
「クククク」
という神経を逆撫でする様な嫌味な笑い声だけだった。
僕はまだ 瓦礫の下にいる
そこには 何もない

